福島第一事故情報
原子力全般
EUのストレステストと日本
東京大学公共政策大学院特任教授 諸葛 宗男 氏 (もろくず・むねお)
1946年 東京都生まれ。東京大学原子力工学科を卒業後、(株)東芝に入社。燃料サイクル技術部長、原子力事業部 技監、原子力事業部技術顧問などを歴任後、2006年6月より現職。日本原子力学会社会環境部会部会長、原子力安全調査専門委員会委員なども務めている。
── 福島第一原子力発電所の事故後、EUで実施されたストレステストについて教えてください。
諸葛 EUのストレステスト(想定以上の津波や地震が起きた場合の安全の裕度を評価すること)には目的が2つあります。
もともとEUの国々の安全基準というのは、最低限の安全設計の基準になっていて、それ以上の領域は自国あるいは自国の事業者が安全性を高めることになっています。今回のストレステストでは、その実力がそれぞれの国、それぞれの発電所でどれだけあるのか、ということを確認する、技術的な側面の評価が1つ目の目的です。
2つ目の目的は、もともと原子力発電所では、万が一に事故が起きたときのために深層防護(原子力発電所の安全確保のために何重もの安全対策を施す基本的な考え方)対策ということをやっているんですが、実際に今回のような事故が起きた時に、きちんとどれだけ強固に深層防護対策が機能するかを確認するマネージメントの側面の評価、この2つが目的です。
フランスは緊急部隊の創設 ドイツは現状の安全対策で十分
── 2011年12月までにヨーロッパ各国は欧州委員会(EUの執行機関)に最終報告をしました。各国ではどのようなことが確認されましたか。
諸葛 各国読んでみますと、イギリス、フランス、ドイツ、それぞれに特徴がありました。
まずイギリスの場合は、日本やフランスで使われている軽水炉と異なるガス冷却炉(炭酸ガスやヘリウムで冷却する原子炉)というタイプの原子炉がほとんど使われていて、これは今回のような事故の場合の熱的な余裕が軽水炉の40倍もあるということから、イギリスの報告書の書きぶりは非常に冷静な形になっています。
フランスは、国内の電力の80%以上を原子力に頼っていて、59基の原子力発電所が動いています。しかも、これがすべて軽水炉ですから、世界各国の中でも非常に積極的な様々な対策を提案しています。
特に非常時に、すぐにどこの発電所にでも飛んでいけるような緊急部隊の創設を提案していまして、すでにこの部隊のトレーニングも始めて、その部隊の配置も始めているというくらい非常に積極的な書き方になっています。
一方、ドイツはもともとチェルノブイリの事故のときに、昨年視察した国の中で一番チェルノブイリに近かったということもあり、シビアアクシデント(想定される安全設計を大幅に超えて炉心の燃料に重大な損傷を与える事故)対策が一番厳重で、盛りだくさんな対策がとられていました。ですから、今回の報告書では「自分たちは今の対策で十分安全であるということが確認された」という非常に落ち着いた書き方になっています。
── アメリカではどのような状況ですか。
諸葛 アメリカは、ヨーロッパと違ってストレステストは実施していません。福島にIAEA(国際原子力機関/原子力の平和利用を促進する国際機関)が調査団を派遣しましたが、その調査団に加わったアメリカの規制委員会のメンバー6人が、7月12日にアメリカのこれからの設計をどのように点検していったらいいか、という提言書をまとめています。
これを見ますと、「すぐに何か対策をしなければいけないような問題はない」とまず書いています。しかし、アメリカの安全設計は、これまでの100年間に積み重ねられてきたもので、トラブル・事故が起きるたびにその都度、対策を重ねてきているんですね。すなわち、経験的な安全対策がベースになっているのです。「今回起きたような想定外のことに対する備えは万全とはいえない」ということを率直に書いています。先ほどお話した「深層防護の考え方でアメリカの設計もこれから時間をかけて点検するべきだ」と書いているのが一つの大きな特徴だと思います。
EUのストレステストは日本のように再稼働の条件ではない
── ストレステストの結果は、どのように活用されているのでしょうか。
諸葛 もともとEUのストレステストは、日本のように再稼働の条件にするような目的でやっていませんから、すぐに何かに使うということはないのですが、ストレステストの報告書を読んでみますと、「この結果によって止めなければいけないような発電所は一つもなかった」ということがまず明記されています。今は、その結果を各国でピアレビュー(同分野の専門家による評価や検証のこと)している最中です。
そのピアレビューが終わって、6月にはEUの理事会にその結果が報告される予定になっています。各国は正式にEUの理事会で何らかの方針が出れば、それを自分の国の今後の対策に反映することになっています。
── EUと日本のストレステストの違いは、どのようなところですか。
諸葛 先ほども触れましたが、EUの場合は何かの条件にするという前提で始めていませんが、日本は再稼働の条件にしている、という点が一番大きな違いだと思います。
EUの場合は、国が決めた設計基準以上の領域を評価することになっていますから、どれだけの実力があればいいとか、悪いとかという基準はもとありません。ですから、143か所の発電所がそれぞれ横並びで、一斉に比較ができる。これは今までやったことがないので、非常に良い資料が手に入ったことになります。そのため、それぞれの国あるいは事業者が、自分の国で決められている基準以上にどれだけ安全性を高めているか、ということがお互いによくわかるんですね。
ですから、おそらくその結果を見て、それぞれの国、事業者は自分のところをどのように強化していかなければいけないか、ということが学び取れると思います。
EUと日本のストレステストには大きな違いがある
── 日本のストレステストの評価は、一次と二次に分かれていますが、どのような違いがあるのでしょうか。
諸葛 ここがEUのストレステストとの大きな違いですね。おそらく、去年の7月5日に当時の菅首相が突然、ストレステストを再稼働の条件にするということを決めてしまったので、原子力・安全保安院がEUのストレステストを無理やり2つに分割して、一次と二次に分けたのだと思います。
具体的に何が違うかといいますと、安全上重要な設備の使い方がどうであるかを調べるのが一次評価で、二次評価はすべての設備を対象にして評価をすることになっています。二次評価はEUのストレステストとほぼ内容は同じなのですが、一次評価はそれの一部を抜き出している形になっています。
ですから、世界各国、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツにしても、総合的な評価結果がすでに国としてまとまっているのに対して、日本はまだ一部の評価しか終わっていない点で、少し各国よりも評価が遅れていると言えるのではないかと思います。
── 今後、地域住民や国民の理解を得るためには、ストレステストの結果をどのように活用したらよいでしょうか。
諸葛 2011年の5月に原子力・安全保安院が、3月に指示した緊急安全対策が実際に実施されていたかどうかを点検して、例えば、移動電源車が高台に準備されているというようなことを点検しました。「そういうものがあれば安全です」、こう説明して、一度は玄海原子力発電所の運転再開、再稼働を認めたわけです。しかし、今回はそういう移動電源車が準備してある、あるいは予備のポンプが置いてある、ということだけではなくて、これらを実際に使わなければいけないときに、どれだけの時間をかけてつなぎ込みができるのか。あるいは予備のポンプを運んで、つなぎ込むのにどのくらいかかるか。自宅にいる運転員が交通手段がなくて、発電所に駆け付けるのにどのくらいの時間がかかるか。散乱しているがれきを除去するのに、どのくらいの時間がかかるのか。こういうことを具体的にすべての発電所について評価して、その数字が報告されていますから、「移動電源車が準備されたから安心です」というだけではなくて、それを実際に使う。
これは言ってみれば、先ほどのEUのストレステストの二番目の目的のマネージメントの領域の話になります。マネージメントがどう行われるのかが、具体的にわかるようになってきましたから、住民の方や国民にきちんと丁寧にその結果を説明すれば、今までよりもずいぶん安心できるようになるのではないかと私は思っています。
(2012年2月7日)