福島第一事故情報
放射線による人体への影響
低線量被ばくと子どもへの影響
東京工業大学 原子炉工学研究所 准教授 松本 義久 氏 (まつもと・よしひさ)
1970年 佐賀県生まれ。専門は放射線科学、分子生物学など。東京大学理学部生物化学科卒業後、同大学大学院理学系研究科生物化学専攻博士課程修了。同大学院医学系研究科基礎放射線医学教室助手、附属疾患生命工学センター放射線研究領域助手を経て、2006年から現職。
── 子どもの放射線に対する感受性が高いのはなぜでしょうか。
松本 4月からの規制値で決められた年間1ミリシーベルトとは、飲料水からの内部被ばくを0.1ミリシーベルト、一般食品からの内部被ばくを0.9ミリシーベルトという内訳にした数値です。
細胞増殖が盛んな組織ほど放射線の感受性が高い傾向があり、これを「ベルゴニー・トリボンドーの法則」と言っています。子どもは成長にともなって活発に細胞増殖が行われているため、大人に比べて放射線の感受性が高いのです。例えば、がんの治療などで骨に放射線を当てた場合、骨の成長に影響が出るということが認められています。
このような影響は「確定的影響」と言い、ある一定の線量(しきい値)以上を被ばくしないと現れてこない影響です。確定的影響は、何千ミリシーベルトという量の放射線を浴びたときに出てくる影響で、それ以下の線量では現れてきません。
一方、子どもは放射線を浴びるとがんにかかりやすいのではないかと考えられています。がんは遺伝的影響とともに、しきい値がない影響であると言われており、考え方の上ではどんなに少ない線量であってもがんのリスクは増加するとされています。
子どもと大人とでは同じ線量を浴びたときに、どれぐらいがんのリスクが違うかについて、よく知られているのは原爆の影響データです。
原爆の影響データは、被ばくした線量ごとに、何歳のときに被ばくしたか(1945年当時の年齢)の区分ごとにがんのリスクが対象の集団に比べてどれだけ増えたかを男女別に示しています。データを見ると、男性、女性ともに1~4グレイ、つまり、1000~4000ミリシーベルトの放射線を浴びたときには、0~9歳で被ばくしたときのがんの増加が一番多く、次いで10~19歳で被ばくしたときが多くなっています。また、500~1000ミリシーベルト被ばくした場合、女性の場合はやはり0~9歳のときに一番がんの増加が大きくなっています。しかし、500ミリシーベルト以下、5~500ミリシーベルトの被ばくの場合には、男性、女性ともに特に年齢によってがんの増加の程度に違いはありません。
ですから、がんのリスクについても500ミリシーベルトあるいは1000ミリシーベルト以上の大量の放射線を被ばくした場合、子どものときに被ばくしたときの方が成人になってから被ばくしたときよりもがんの増加が大きいということは確かに認められています。しかし、5~500ミリシーベルトあるいは、現在注目されている100ミリシーベルト以下の被ばくでは必ずしもそういう傾向は認められていません。
また、放射線医学総合研究所などでは、マウスやラットなどを用いて子どもと大人の被ばくでがんリスクがどれほど異なるか、あるいは生じてくるがんのタイプがどのように異なるかという詳細な研究が行われています。ところが、例えば子どもの細胞と大人の細胞とではDNAの修復能力がどのように異なるかについては、ほとんど研究がなされていません。
私は主に細胞を用いてDNAの損傷の修復機構の分子メカニズムを研究してきましたが、今回の福島の事故を受けて、子どもと大人の細胞のDNAの修復能力がどのように異なるかということも検討していかなければならないと考えています。
── 4月から食品に含まれる放射性セシウムの規制値が引き下げられました。仮に規制値相当の食品を食べ続けた場合の被ばく量とその安全性について教えて下さい。
松本 昨年の事故後にできた暫定規制値の基準は、ヨウ素に関してはヨウ素131を代表の核種として飲用水と牛乳、乳製品で300ベクレル/キログラム、そして野菜類では2000ベクレル/キログラム、またセシウム134とセシウム137の合計で、飲用水と牛乳・乳製品については200ベクレル/キログラム、野菜、穀物類、肉・魚・卵そのほかの食品については500ベクレル/キログラムと決められていました。この基本的な考え方は数式でもあらわされます。
具体的な数式は、1キログラムあたりある量の放射能を含む食物あるいは水を摂取し始めて、1日当たりWキログラム、それから一定期間Tと摂取し続けたときに被ばくする線量を書き表し、それがある決められたDという線量以下になるように計算されています。
この計算には、例えば、ヨウ素131の場合には、ヨウ素132、133、134、135、さらにテルル132の存在を考慮しています。またセシウムの場合では、測定しにくいストロンチウム89、90が一定割合で含まれることも考慮されています。
その結果、さらに複雑な計算式になります。上のほうのILDが介入線量レベルと言い、被ばく線量を最大どれだけ以下にするかで、セシウムの場合は食品全体で5ミリシーベルト、ヨウ素の場合は甲状腺の等価線量で50ミリシーベルトの2/3と決められています。
Gは食品のカテゴリーの数で、セシウムの場合は5つのカテゴリーがあります。1つ目が飲用水、牛乳・乳製品、野菜、穀類、肉・魚・卵そのほかという5つでこの5ミリシーベルトを割って、1ミリシーベルトになります。
そして、赤で囲んでいるところは、それぞれの放射性物質1ベクレルを摂取したときの内部被ばく線量とそれぞれの放射性物質の存在の比率、どれぐらいの時間で減衰していくかという半減期、これらを考慮して決められています。青で囲んだ部分ですが、Wは、実際にいろいろな食物を私たちがどれだけ食べているかです。暫定規制値あるいは新しい規制値でも同じですが、私たちは規制値ギリギリの食物ばかり食べているわけではなく、産地や種類が同じでも汚染されていないものや産地が違うためにほとんど放射性物質を含んでいないものも食べることもあります。実際にはその分被ばく量が減ることを考慮するためにかけられているのがFです。Fは0.5とされています。
しかし、このFやWなどの値は、社会的、経済的な実態によって変わってくるため、実態を把握することがなかなか難しいところです。
食品の基準値に関しては見直しを行う前の検証結果を考慮すべきであった
4月から内部被ばく線量をこれまでの5ミリシーベルトから1ミリシーベルトに引き下げたため、計算の詳細は多少異なりますが、飲料水は世界保健機関(WHO)の基準に従い、10ベクレル/キログラムです。
飲料水の内部被ばく量を差し引いて、全体の食物による内部被ばくを1ミリシーベルト以下にするために計算した結果、一般食品が100ベクレル/キログラムとなって、牛乳・乳製品は子どもが摂取する量が多いことから50ベクレル/キログラムとされました。
しかし、この規制値の枠組みが発表されたのは、これまでの暫定規制値の運用下で実際にどれぐらいの放射線量を被ばくしているかという検証の結果が発表される前でした。
いくつかのグループが実態の研究や調査を行っていますが、そのうちの1つが朝日新聞と京都大学による共同調査の結果です。
この調査では、福島県、関東、西日本の53家族に協力していただき、1人分多く食事をつくってもらいます。その1人分の1日の食事に含まれる放射能を測定するという調査を実施したのです。
その結果、福島県では中央値、一番多い人と一番低い人とのちょうど中間の順番の人で1日4.01ベクレル、一番多い人で1日当たり17.30ベクレルでした。この値に基づいて計算すると、1年当たりの内部被ばく線量は中央値で0.023ミリシーベルト、一番多い人で0.1ミリシーベルトでした。ほかの地域では放射能、それから内部被ばく線量ともに、もっと低い値になったということです。
この値をどう見るかですが、1960年代は核実験の影響で、全国で同じような調査を行うと中央値が2ベクレルくらいであったと言われています。また、事故前の食物による内部被ばくは0.4ミリシーベルトでしたが、私たちは成人で1日当たり約90~100ベクレルのカリウムを摂っているので、それによる被ばくです。
なお、もともと暫定規制値は、内部被ばくが年間5ミリシーベルト以下になるように決められた値でした。その5ミリシーベルトを1ミリシーベルトにするために新しい規制値が決められましたが、暫定規制値の運用下であっても内部被ばくは多い人でも0.1ミリシーベルトぐらいにとどまっていたという調査結果になります。
したがって、元の暫定規制値でも5ミリシーベルトはもちろん、1ミリシーベルトを担保するためにも十分な基準であったため、食品の基準値に関しては見直しを行う前の検証結果を考慮すべきであったと思っています。
── 仮に、1年間規制値相当のものを子どもが食べ続けた場合でも、問題ないように規制値は設定されていると考えてよいのでしょうか。
松本 暫定規制値の場合は、成人、幼児、乳児の3つの年齢層に分けて、全体で内部被ばくが5ミリシーベルト、あるいは食物ごとに1ミリシーベルトにいかないように、一番低い値を採用しています。そのため、一年間規制値相当のものを食べた場合でも、どの年齢層でもそれぞれの食物ごとに1ミリシーベルト以下の被ばくになるように計算されています。
新しい規制値では、年齢の区切りがさらに細かくなり、いずれの年齢層でも水を加えてすべての食物の合計で1ミリシーベルトいかないようにという計算がされています。実際には13~19歳の男性が、一番厳しくなり120ベクレル/キログラムですから、それより下の100ベクレル/キログラムに設定されたのです。
── 低線量被ばくについて、私たちはどのように考えれば良いのでしょうか。
松本 どれだけの人数の被ばくした人たちにどれだけがんが増えているかという原爆被ばく者の方々のデータがあります。
データを見てみると、比較的線量が高いところ、例えば1シーベルト(=1000ミリシーベルト)あたりから上では線量に比例してがんのリスクが増加している傾向が認められます。しかし、100ミリシーベルト以下では、0のところに点が並んでいます。つまり、がんの増加が統計的には確認できないということになっています。
そうしたことで、「100ミリシーベルト以下ではがんが増えないと言ったほうが一般の方々にわかりやすい」とよく言われるのですが、私たちとしてはそうも言えません。なぜ100ミリシーベルト以下でがんの増加が確認できないのかを考えていく必要があります。
まず、このような調査を疫学・統計学と言いますが、小さな差を見つけようとすると、より多くの人を調査しなければならなくなるのです。例えば、仮に10ミリシーベルトでがんが増えるかどうかを調べようと思えば、60万人ぐらいの方を対象とした調査をしなければなりません。原爆被ばく者の方々の調査は10万人以上の方々を長期にわたって追跡しているという世界的にも貴重なデータですが、その原爆被ばく者のデータをもってしても、まだ数が足りないのです。
疫学・統計学の限界や生活習慣などであるはずの差が見えない可能性がある
また、人間は体質も生活習慣もそれぞれ違います。体質では、例えば家族でがんにかかった方が多い方がいらっしゃるなど、遺伝的にがんにかかりやすい方はいるのです。また生活習慣では、たばこを吸っている人は肺がんにかかりやすいことがありますし、運動不足、野菜不足ががんのリスクを高めることもあります。このように体質や生活習慣の違いによって、小さな差が隠れてしまう可能性があります。
疫学・統計学の限界を含めて、実際はわずかながら増えていても、研究の限界や人それぞれの生活習慣や体質の違いによって、本当はあるはずの差が見えない可能性があり、このことを全否定することは非常に難しいのです。
一方、私たちの体の中にはDNAの修復能力を含めて生体防御能力があるため、少ない量の放射線でできたダメージは生体防御能力が完全に克服して、結局がんは増えていないという考え方もあります。
どちらが正しいかは今のところ決着はついていませんし、将来にわたってもなかなか難しいだろうと思われます。
低線量のリスクについてどう考えるか、4つの代表的な考え方があります。
1つは、1000ミリシーベルト以上のところでは、がんのリスクは線量に比例して増えるため、そのまま線量がゼロのところまで直線的に比例関係を延長する、直線しきい値なしモデル(LNTモデル)があります。
しかし、実際の動物などを用いた実験ではしきい値があるのではないかということの他、ある一定の線量までは動物のがんの増加が認められないなどのデータもあります。むしろ論文の数が多いのがこの二つ目の説です。
さらには、低い線量を浴びた場合、例えば動物などのがんのリスクが逆に減ることを「ホルミシス」説と言っています。
また、低線量のリスクは高線量を比例して延長した場合に比べて高い、低線量超感受性(バイスタンダー効果)という考え方もあります。
しかし、この4番目の考え方は細胞レベルでのデータにとどまっていて、動物や人間に関するデータはほとんどありません。動物や人間に関するデータがあるのは、最初の3つです。
これらの説でどれをとるかですが、ホルミシスやしきい値ありになると、がんのリスクが上がり始めるところまでは、がんのリスクは増えない、あるいは減ります。
放射線の影響は、しきい値がある影響がほとんどで、遺伝的影響はヒトでは見られていないことを考えると、このがんのしきい値以下あるいはホルミシスでリスクがゼロになるところ以下では健康に対する悪影響はないことになり、規制しなくてもよいのではないかという考え方になります。
しかし、直線しきい値なしモデルに従えば、どんなに低いわずかな線量であってもがんのリスクが増えていくという考え方ですから、少しでも被ばくを少なくしなければなりません。また少しでもリスクが増える場合には、それに見合う理由がなければなりません。規制の上では厳しい考え方になるため、国際放射線防護委員会(ICRP)などは直線しきい値なしモデルを採用しているのです。
さらにもう1つ重要なことは、同じ線量であっても浴びる時間によって影響が異なってくるということです。今回の事故も含め、低い線量を長期にわたって浴びることを低線量率長期被ばくと言いますが、原爆のように1回で浴びる急性被ばくと低線量率長期被ばくの場合とでは、同じ線量であっても影響が異なります。低線量率長期被ばくのほうが同じ線量であっても影響が小さくなるということが重要なことです。
起こり得る最悪の事態は0.5%のがんの増加であると言った方が真意に近い
これらを総合して、100ミリシーベルトで0.5%のがんのリスクの増加があるとよく言われています。
原爆被ばく者の調査では、1000ミリシーベルトで約10%のがんが増加していましたが、これは1回で大量の放射線を被ばくしたときですので、低線量率長期被ばくだと、それに比べれば少なくなると考えられています。ICRPではその影響を1/2としています。しきい値なしで、線量で比例すると考えると、100ミリシーベルトで0.5%ということになります。
100ミリシーベルトで0.5%というのは、しきい値がある、あるいはホルミシス仮説がある中で、厳しい直線しきい値なしモデルに立脚しており、低線量率長期被ばくの影響を急性被ばくの1/2と見ていますが、これも一番厳しい値をとっています。
100ミリシーベルトの被ばくでは、がんの確率が0.5%増加すると言われると、さも確実に0.5%増加するように思ってしまいます。例えば、小学校に2000人いたら、誰か1人が本来はかからないはずのがんにかかってしまうなどと考えられがちですが、「100ミリシーベルトの被ばくでのがんの確率の増加は最大で0.5%」あるいは「100ミリシーベルトの被ばくで起こり得る最悪の事態は0.5%のがんの増加である。それ以上悪いことが起こるとは考えられない」と言ったほうが真意に近いと私は思います。
── 事故から1年がたちますが、福島県の低線量域の放射線の現状をどうお考えになりますか。
松本 現在の福島県の放射線量等を考えると、以前、警戒区域や計画的避難区域に定められていたところでは、まだ非常に空間線量が高いところがありますが、それ以外のところは普通に生活をしていても実質的には問題がないレベルだと私は考えています。
「実質的に問題がない」ということは、リスクがゼロであるとは専門家あるいは研究者としては言えません。しかし本当に非常に大きな危険があるかどうかに関しては、仮に100ミリシーベルト被ばくしたとして、最悪考えられることは0.5%のがんのリスクの増加であることと、実際に住民の方々で100ミリシーベルトという高い線量を被ばくされている方はいないと聞いていますので、実際には問題のないレベルと言えます。
別の言い方をすれば、生活習慣を見直すことによって、がんのリスクをより下げることができますし、きめ細かな健康診断などを受けていくことで、早期発見、そして治療の成功の確率を増やすことになります。がんのリスクを下げたり、あるいは平均寿命を延ばしたりできる、そのような範囲の値であろうと考えています。
── 事故直後から放射線にまつわるデマや風評被害が後を絶ちません。放射線を正しく理解するためにどのようなことが必要とされるのでしょうか。
松本 基本的には、放射線、放射能の基本を知っていることが大事だと思います。
どうしてもベクレル、シーベルトという数字が出てきます。しかも、放射線の場合は検出器が非常に優れているため、小さな値でも検出され、数値が出てきやすいのです。
そうしたときに、「ゼロでない」ことだけに不安をもつのではなく、その数値にどの程度の意味があるのかも理解しなければ、それこそ数値の独り歩きになってしまいます。
福島県に講演会などで行きますと、「よくわかりました。ありがとうございました」という言葉のほかに、「ぜひともこういうお話を福島県や東北地方だけではなくて、ほかの地域、県に行ってもお話していただきたい。そうでないと、農作物に対する風評被害や瓦礫の受け入れ拒否などの問題が解消されない」ということを必ず言われます。私たちもそのことを常に心がけていきたいと考えています。
専門家に対してよく言われることは、専門家の意見が食い違っていたり、矛盾していたりするということです。これは必ずしも意見、見解が分かれているということばかりではなく、実際思っていることは同じであっても言葉として表現するときに違いが出てくるということがあります。
例えば、がんのリスクが100ミリシーベルト以下であるか、ないかという質問に対しては、専門家の答えは分かれてきます。「本当はあるはずだ」と思っている人と「本当はないはずだ」と思っている人がいて、その決着をつけるデータは今のところなく、データを積み上げていかなければなりません。しかし、リスクが非常に大きいと思っている専門家はほとんどいないと思います。
統計処理などをやったときに、専門家でも見解が違ってくることはありますが、例えば、たばこによる発がんのリスク、あるいは避難をすることによる精神的な影響と比べて低線量の放射線の影響がどうかとなってくると、専門家の意見ももっと一致してくるのではないでしょうか。いろいろな生活習慣を見直したりしたほうが、がんのリスクは低くなることは、大方の専門家の意見は一致するだろうと思います。
そのようなことを考えると、私たち専門家も個々の学問上の立場などに固執することがあったのではないかという反省はしなければなりません。自分の学問上の立場は譲歩しなくとも、一般の方々にどう伝えていくかということに関しては、あまり固執することなく、あくまでコミュニケーションとして伝えていくという明確な意識が必要だったと思っています。
(2012年7月10日)