福島第一事故情報
放射線による環境への影響
除染についての取り組みと課題
(独)日本原子力研究開発機構 福島技術本部・福島環境安全センター 副センター長 中山 真一 氏 (なかやま・しんいち)
1958年 福井県生まれ。京都大学大学院工学研究科博士課程原子核工学専攻修了後、日本原子力研究所(現・日本原子力研究開発機構)入所、放射性廃棄物管理に関する基礎研究、とくに高レベル放射性廃棄物の地層処分に関し、放射性物質の地中移行解析、ネプツニウムをはじめとするアクチニド元素の岩石との相互作用に関する実験的研究などに従事。2011年9月より福島に常駐している。
── 日本原子力研究開発機構が福島県内で行っている環境修復に関する取り組みや体制について教えてください。
中山 日本原子力研究開発機構(以下、原子力機構)は、昨年、事故が起きて約1か月後に理事長をヘッドとする福島技術本部を立ち上げました。
6月30日にまず10名を福島に派遣して、「福島事務所」を設立しました。福島事務所は福島における活動をこれから進めていくに当たり、前線基地としてつくりました。その後、福島での業務を拡大していくに伴って、働く人員の数も急激に増えました。現在、福島技術本部の中にある福島環境安全センターは、福島に約100名、それ以外の東京をはじめとする拠点に約70名、合計170名の組織です。
福島環境安全センターで行っている業務の一つは、今どの地域でどの程度放射線量があるのか、どの程度セシウムがあるのかを常にデータとして提示することです。皆さんがホームページなどでよくご覧になる東日本のマップの上に、放射線の空間線量率やセシウムの濃度分布などが色分けされたものです。
それから、除染に関する業務です。原子力機構は研究開発機関のため、直接除染事業は行いませんが、どうすれば効率的な除染ができるか、さまざまな実証試験を行っています。学校やプール、町中の公園など、個別の施設を除染する一方で、昨年の秋から「除染モデル実証事業」という実証試験を行いました。
三つ目は、研究開発機関として、新しいモニタリングの方法や、より効率的なモニタリングの方法などの研究開発、除染に関して必要だと思われる機器の開発も行っています。
さらに、除染をはじめとした放射線に関する正確な知識の一般の方への普及活動を広く行っています。また、例えば福島県が行っている除染作業者を育成する講習会への講師の派遣や各市町村が行う除染の際の実技指導、測定器の使い方の指導なども行っています。
昨年度の除染モデル実証事業は、非常に大きな仕事でしたが、広く環境修復に関して、放射線や原子力に関する専門機関としてできる限りのことをやってきました。
「除染モデル実証事業」では福島県内11の市町村19地点で除染を試みた
── 警戒区域、計画的避難区域での「除染モデル実証事業」について教えてください。
中山 除染モデル実証事業は、警戒区域、計画的避難区域の11市町村の中の合計19の場所で、除染を試みた事業です。
これだけ広範囲に環境が放射性物質で汚染されたことは、今まで日本ではありませんでした。今後本格的に国が除染をしていくにあたり、環境中の広範囲の除染をどのような方法で実施するのが良いのか、既存のどの方法が有効なのか、どれぐらいの効果があるのか、そしてそのコストや人員数、時間など、さまざまなデータがなければ本格除染の計画を立てることができません。
また、原子力施設の中では作業員の安全確保の方法は確立されていますが、自然環境の除染をするときの作業員の安全確保のための被ばく管理、そのほか一般の労働の安全性をどのように確保すればよいか、ということもわかりません。そこで、国の本格除染の計画立案の際に、これらのデータ、知見を提供するためにこの事業を行いました。
福島県の汚染された場所は実にさまざまです。対象の19地点にはそれぞれ特徴があります。
例えば、川俣町、田村市、川内村の3か所は、街道があり、それに沿って家があり、その裏に農耕地や山や林がある、典型的な里山です。
他には、工業団地で同じような建物がたくさんあるところ、さらには大型の公共施設、学校や体育館などを含み、近くに団地があり、その脇に森林がある平野部の都市のコミュニティがある場所などをモデルとして、それぞれの場所でどのような除染方法が有効で、どの程度効果があるのか除染の試験を行いました。
場所によって異なりますが、狭い場所で約3ヘクタール、広いところは約20~30ヘクタールの面積の場所もあり、19地点合計で約210ヘクタールでした。
放射線の線量レベルも場所によって違います。例えば、大熊町のように年間100ミリシーベルトを超えるところもありますし、逆に非常に低い年間5ミリシーベルト以下のところもあります。
各所で除染の効果や、どのような廃棄物がどの程度発生するのか、そして廃棄物をどのように保管すれば安全性が保たれ、安定な保管置き場ができるのか、全てこの事業の中で試験を行いました。
実は、この除染モデル実証事業には、除染の試験の他、除染の技術の開発も含まれていました。
除染の試験に使う手法は、基本的には、まずは「既存の方法を適用する」というやり方です。例えば道路や畑地の除染は、すでに土木や建設業界で使用されている既存の手法があります。日本の建設業界には、かつて公害などで、有機物で汚染された土壌や、重金属で汚染された土壌を改良した、という経験があります。それらの手法を適用する、あるいは少し改良して除染に適用するなどして、除染作業を行いました。
一方で、例えばもっと小さな実験室規模で試験したような技術を福島の特定の場所で実証し、使える技術がないか調べる、民間企業の技術を発掘しよう、という事業もありました。民間企業から提案してもらい、原子力機構で審査会を開き、25件の企画をピックアップし、技術実証事業と称して実施したのです。各民間企業が持っていた技術を実際に福島の場所で実証するために、さまざまな試験をしました。
その中には「これは使える」という技術もありましたが、もう少し技術開発が必要なものもありました。
── 除染では、実際にどのような作業が行われるのですか。またその効果を教えて下さい
中山 土木や道路のメンテナンスに使われた技術、一般の大型構造物の清掃に使われるような技術を使いました。
農地は、土のセシウムの濃度が非常に高ければ除去するしかないので、重機で除去しました。しかし、なるべく薄く剥がなくてはならず、例えば、表面数センチだけ化学薬品を使って固まらせ、表面だけ剥ぐ、というような工夫が必要でした。
道路は、物理的に表面を剥ぐのが非常に効果的でした。土木技術は非常に発達しており、ミリ単位で削ることができます。
道路の表面を剥ぐ場合は、高圧水で剥ぎます。ホームセンターで売っている家庭で使用するような高圧洗浄機(7メガパスカル~10メガパスカル程度)の場合は、表面を洗う程度ですが、超高圧洗浄(200メガパスカル超)は道路の白線を消してしまうような圧力があり、表面を削り落とすことができるのです。
除染作業では最初の線量測定が非常に大事になる
既存の技術を使ってさまざまな除染を行いましたが、特にセシウムからはガンマ線が放出されます。ガンマ線は、あらゆる方向に放出されるので、特定の場所だけ除染しても、周囲のガンマ線の影響を受けてしまいます。そのため、除染に比例して空間の線量率が下がるということはありません。
もちろん除染をすれば、その近辺の空間線量率は下がりますが、広範囲で空間線量率を下げないと住民は帰って来られません。空間線量率をいかに下げるか、どの場所の空間線量率を下げるのか、あらかじめしっかりと計画しておくことが重要です。
除染作業の効率化を図るための技術開発や方法も大切ですが、我々が非常に重要視したのは、除染計画の立案でした。除染計画の重要さは、実際に除染をしていただく方たちにも力説しました。
実際には、何メートルかおきに空間線量率を測ったり、土の一部を取り、土に含まれるセシウム濃度を測定します。土表面から何センチぐらいまでセシウムが染み込んでいるか、はっきりとわからなければ、どれだけ土を剥げばよいかがわからないからです。
剥ぐ土の量がわからなければ、運搬計画も立てられず、除去物の置き場の規模もわかりません。
正しい検出器での正確な最初の測定が非常に重要です。
また、除染作業に伴うのが作業員の被ばく管理と労働安全上の管理です。局所的に高い線量を受けるところでの作業もあり、すでに定められている安全基準に整合するように、作業時間や保護具などもきっちりと計画して作業に当たることが重要です。
── 除染による効果や廃棄物の発生量、作業員の被ばく量について教えてください
中山 廃棄物の発生量は、表面を除去した土壌が一番多いです。その次が植物です。森林の除染で発生したリター層や、落ち葉、草木類の剪定、枝打ちなどで発生する廃棄物は有機物が主です。
その量は各サイトで除染した面積によって異なり、田村市のサイトでは185トン、飯舘村では、3000トンぐらいになります。
フレキシブルコンテナ(土壌や草木類など除去物を入れて保管したバッグ)の数では、田村市で570個、飯舘村で4800個の量が発生しています。
廃棄物は、フレキシブルコンテナに入れて、それぞれのサイト、あるいは近くの仮置場に定置して、遮蔽のための土などをかぶせ放射線量を低くして保管しています。
除染作業に伴う作業員の被ばく線量は、すべて数字できちんと管理しています。
例えば、田村市の場合、この何か月間の作業期間の平均線量は約0.02ミリシーベルト、大熊町のように線量の高いところは、約2.4ミリシーベルトの被ばく量になっています。
特に大熊町では高い線量を被ばくする例もあり、作業を長期間続けると制限値を超えてしまうという恐れもあります。作業時間の短縮や交代制にするなどの管理をします。作業員の被ばく管理という観点でも、最初の放射線量の測定が非常に重要です。
── 除染モデル実証事業を行って、どのような難しいことがありましたか
中山 除染作業において改良しなくてはならない点は多々ありました。今回の除染モデル実証事業を大部分終えて感じるのは、農地と森林の除染の難しさです。
建物や道路は、既存の除染方法である程度表面の除染ができることがわかりました。今後は、もっと廃棄物を少なくする方法などの技術改良が進んでいくと思います。
農地や森林は物理的に土壌を除去し、セシウムを除去することはできます。しかし、農地の場合、汚染している表面の土を除去すれば、土の除染は済みますが、農家の人にとっては農地の表面何センチでも、丹精込めてつくった土です。植物を育てるのに、土の表面を取ってしまうということは、農地でなくしてしまうことになります。
除染技術実証試験の中で土壌を洗浄する技術の提案がたくさんありましたが、土壌が洗浄されてセシウムの濃度が少なくなっても、栄養素が全部取られた土では、元の農地にはなりません。
そのようなことを含め、農地の除染はどのように行えばよいのか、考えるべきところがあります。
原子力機構の事業で「森林も除染した」ということになっていますが、もともと原子力機構の除染モデル実証事業の目的は、生活圏、居住エリアの空間線量率をいかにして下げるか、ということでした。例えば家屋の近くに林があり、その林が汚染しているために線量率が下がらないのであれば、その林は除染しなくてはなりません。この事業では、林の入口から10メートル、20メートルを除染してみたらどうなるか、試験しました。
森林の除染は非常に大きな仕事です。汚染した面積の7割弱が森林だと言われています。森林は、外部から手を入れると森林の生態系を壊してしまう可能性があります。さらに、本当にきれいにしようと思えば、汚染している木は全部伐採する必要があります。林床の落ち葉やリター層も全部取れば、かなり除染できますが、そんなことをすれば土砂崩れが起こり、水害も発生する可能性があります。環境保全、災害対策を考えると、一気に除染作業はできません。
これは個人的な思いですが、20年~30年、もしくは木の一生と同じぐらいの期間をかけてじっくりと除染の計画を立てる必要があるのではないかと思っています。
除染で苦労したことも多々ありました。例えば、冬の除染では、地面の凍結に苦労しました。凍結すると、表面数センチの土を剥ぐのも大変です。重機を入れられる広いところは問題ありませんが、民家の庭となると、つるはしによる手作業です。しかし、つるはしさえ効かないようなこともあり、非常に苦労しました。
それからプールの除染です。都市部の学校の場合は、プールの水は下水処理場に行きますが、農村部の学校の場合は、周りの農地に排水されます。農作業を行っている期間はプール排水ができないため、秋の農作業が終わって春先に農作業が始まるまでの間の真冬に除染しなくてはなりません。しかし、真冬のプールは水が凍っています。まず氷を割る作業から始めなくてはならないなど、予想外の作業が発生しました。
プールの除染作業は除染モデル実証事業の中の仕事ではありませんでしたが、冬の作業としてそのような苦労がありました。
一方、我々は夏の作業を経験していません。おそらく夏は放射線に対する被ばく管理はもちろん、熱中症など、別の意味での注意が必要です。高線量の場合ではマスクを着用しての作業になります。6月~8月の高温高湿度下で従来と同じような作業ができるかどうか、熱中症などへの注意が非常に重要だと思っています。
廃棄物の減容技術とモニタリング技術の高度化が重要課題
── 除染モデル実証事業を終えて、今後はどのような研究・開発が必要になるのでしょうか
中山 除染モデル実証事業など、これまで除染に関するさまざまな試験を経験し、今後開発すべき技術は大きく二つある、と思っています。一つは廃棄物の減容技術、もう一つはモニタリング技術の高度化です。
今後の、非常に広い範囲の除染では、莫大な量の土壌や植物など可燃性の廃棄物が出ます。コストにも関わってくるので、廃棄物を減らす減容技術の開発は、非常に重要です。
短期的には焼却技術の確立が必要です。植物などの可燃性の廃棄物は、焼却することにより非常に高い減容率が得られます。
焼却技術そのものは、一般廃棄物や産業廃棄物の分野で、すでにほとんど確立されています。そこに放射性物質を扱う上での改善を行えば可能です。
長期的な課題は除去する土の量を減らすことです。土の量を減らすためには、より効果的にセシウムを取り除くことが必要です。
25件の技術実証試験の中の何件かは土壌洗浄の方法の提案でした。1、2件は非常に効率の良い方法で実用化に結びつくものもありましたが、従来と同じような土壌洗浄の方法では、セシウムは効率的に取れないことがわかってきたので、より効率的な方法をじっくりと開発したいと思っています。
そのためには、土壌とセシウム、アスファルト表面とセシウムなどの結合や分離などの化学的なメカニズムを解明し、その知見を基に新しい除染技術を開発することが重要です。これは、半年や1年で達成できるものではなく、少し長期戦になるでしょう。
また、現時点のモニタリングは基本的に地上で何メートルおきかにメッシュ(網目)状に切って、そこで放射線の線量率を測定する、あるいはセシウムの濃度を測定するという方法ですが、面的に測定することによって測定に落ちがなく、迅速な測定ができるため、現在、面的な測定技術の開発も始めています。
例えば、地表面における測定では、セシウム汚染の程度を映像的にとらえられるよう、「ガンマカメラ※1」や「コンプトンカメラ※2」の技術開発に取組んでいます。また、上空から一気に放射線量を測定するために無人ヘリ、有人ヘリ、航空機などを使用する高度なモニタリング技術の開発を考えています。
廃棄物の減容とモニタリング、この二つの技術開発が今後必要だと思っています。
※1 測定したガンマ線とビデオカメラで撮影した映像を重ね、放射線の量を色の違いで表示できるカメラ
※2 ガンマ線を放出する放射性物質の分布を可視化するカメラ。ガンマカメラに比べ、広い視野での放射性物質の高精度の画像化が可能
(2012年4月23日)