福島第一事故情報
放射線による環境への影響
放射線を正しく測る
(公)日本アイソトープ協会 事業本部学術部研修課主査 中村 美和 氏 (なかむら・みわ)
RI利用技術の向上と普及啓発を推進するため、研究者や技術者による委員会活動や学術誌、NEWS、専門図書などの出版、そして放射性同位元素を安全に取扱うための様々な講習を行う学術部に所属し、研修部門を担当。講習会での講義と実習に忙しい。
── まず、ラジオアイソトープ(RI)とは、どのようなものですか。
中村 地球上のすべての物質をつくる小さな粒のような元素(原子)には、化学的な性質は同じでも重さが少しだけ違う原子核のものがあります。これらを同位元素、もしくはアイソトープと言います。
その同位元素のなかには、不安定な状態から安定な状態に変わる(壊変する)ときに、余分なエネルギーとして放射線を出す性質を持つものがあり、これらを放射性同位元素(ラジオアイソトープ)と言います。
放射性同位元素から出る主な放射線は、アルファ線やベータ線、ガンマ線です。これらの放射線を利用して、工業の分野では、紙や鉄鋼などの厚さの測定などに利用されています。また、医療の分野ではガンの検査や治療などに利用されています。
── アイソトープ協会は、どのような活動をされていますか。
中村 全国の使用者、研究者の方々に、放射性同位元素を含む放射性医薬品や標識化合物の供給や、放射性同位元素と放射線利用についての普及・啓発などの活動を行っています。
また、放射線測定器の校正やがん治療などに使われる放射性同位元素が外に漏れないように加工した製品(密封線源)の製造や販売、放射線防護の基本となっている国際放射線防護委員会(ICRP)の報告書の日本語版の出版をはじめ、放射線・放射能について、わかりやすく解説した本やパンフレットを提供しています。その他に、放射性同位元素や放射線を取り扱うための講習会なども開催しています。
さらに、これらの活動を活かして福島第一原子力発電所事故で関心の高まった放射線に関する情報を、ホームページなどで提供したり、放射線測定器を取り扱う講習会を開いたりしています。
正確に放射線を測定することが大切
── 福島第一原子力発電所の事故を受けて、放射線に不安や関心が高まっていることについて、どのようにお考えですか。
中村 放射線は目に見えないこと、臭いも何もないことから恐れられていますが、五感に感じないものは、実は放射線に限ったことではありません。
例えば、新聞やテレビなどで報道されるO-157などの病原菌やダイオキシンなども同じように目に見えないものですが、放射線は、その性質や影響が正しく周知されていないことや、わかりづらいことが混乱の大きな原因になっていると思います。
そこで私たちは、まず放射線に関する正しい知識を持ってもらい、その正しい知識をもとに判断してもらうため、放射線や人体への影響などに関する内容の出張講義やホームページで情報の提供を行っています。
一方で、事故による放射線の影響を把握するためには、正確に放射線を測定することも重要です。
そのために放射線測定器の使い方の基礎講習や「やさしい放射線測定」というパンフレットを、ホームページで掲載しています。そこから正しい放射線の測定方法と知識を身につけてほしいと思っています。
── 今回の事故でヨウ素131やセシウム137などの放射性物質が話題になっています。これらの放射性物質の特徴やそこから出る放射線について教えてください。
中村 放射線にはアルファ線、ベータ線、ガンマ線、中性子線などの種類があります。ヨウ素131やセシウム137は、ベータ線を放出するとともにガンマ線を放出しながら安定な物質に変わります。放射線には、その種類やエネルギーによって物を通り抜ける厚さが異なります。例えば、ベータ線は原子核から高速で飛びだしてきます。電気(電荷)を持っているので、ものを通り抜ける(透過する)能力はそれほど大きくありません。
一方、ガンマ線は光と同じ電磁波の仲間で、電気を持っていないので、透過力が大きくなります。
放射性物質が放射線を出す能力を放射能と言います。この放射能の強さを表す単位が「ベクレル(Bq)」です。
1秒間に1個の原子核が壊れ(壊変する)、他の原子核にかわるとき、放射能は1ベクレルと言います。この放射能が半分になるまでの時間を半減期と言います。ヨウ素131は8.02日、セシウム137は30.16年です。
また「シーベルト(Sv)」と言う放射線の単位がよく使われますが、これは放射線が人体に与える影響を表す単位です。
放射線や測定器の原理を正しく知ることから
── 放射線や放射能の測定方法を知りたいと言う方が増えているようです。こういった方々に対しては、どのようなことを行っているのでしょうか。
中村 放射線を測る場合は、放射線の種類や性質、また測定器の原理を正しく知っていないと、誤った測定をしてしまいます。
そこで私たちは、放射線の種類や性質などの基礎的な知識、測定器がどのようなしくみになっているか、という測定原理をひと通り学ぶ講習会を開催しています。
例えば、携帯用の放射線測定器サーベイメータの取扱い方法の講習会では、空間の放射線量の測定、物の表面の汚染を検査するなどの実習を行い、目的に合ったサーベイメータの利用とその測定方法を実際に体験してもらっています。
また測定器を使って、放射性物質の種類や量を調べたり、食品に含まれる放射能の濃度を測る方法を学ぶ講習会も開いています。
── 放射線を測るには、さまざまな知識や目的に合った測定器が必要になります。測定器によって、どのような特性があるのでしょうか。
中村 屋外や部屋の中など、ある場所での放射線の量を空間線量と言います。そのある場所に飛んできた放射線が、人体へ与える影響を評価するためにその点の空間線量を測定します。この測定の対象はガンマ線です。
これに向いている測定器は、NaI(Tl)シンチレーション式サーベイメータや電離箱式サーベイメータです。前者のほうはガンマ線に対して感度が高いので、放射線の値がとても低い場所でも測定することができます。後者のほうは高い放射線量の測定に向いています。
物の表面の汚染を測定する場合は、表面に付着している放射性物質から出てくるベータ線を測定します。そこでベータ線を測定するのに適しているGM計数管式サーベイメータがよく使われます。
食品などの汚染を知るためには、食品中に含まれる放射性物質の量を測定します。この場合も食品中の放射性物質から外に放出される放射線の量を測定します。
ヨウ素131やセシウム137など、ほとんどの放射性物質はガンマ線を放出します。ガンマ線は物質の透過力が大きいので、事前に手間のかかる処理をせずに測定することができると言う特徴があります。
そのため食品に含まれる放射性物質の量を測る場合は、ガンマ線を測定する方法がよく使われます。
また、放射性物質はその種類によって特有のエネルギーのガンマ線を放出します。そのエネルギーの大きさを知ることで、放射性物質の種類がわかります。そして、そのエネルギーのガンマ線の数を測定することによって、食品などに含まれる放射能の量を知ることができます。
これに向いている測定器は、ゲルマニウム半導体検出器やシンチレーション式検出器で、これらの測定器と分析装置を組み合わせて使用します。
個人で正確に測定するためには、GM式サーベイメータよりシンチレーション式サーベイメータが適している
── 現在、問題になっているのは放射性セシウムの影響です。今いる場所の放射線量を測ろうとした場合に適している測定器は、どれになるのでしょうか。
中村 空間の放射線量を測定するのに一番適している測定器は、モニタリングポストと言われているもので、原子力発電所などの原子力施設周辺や各都道府県に設置されています。
これは、ある地点の空間の放射線量を継続的に測定するためのものです。放射線を検出する部分が大きく感度がよいので、効率良く測定できます。
また、通常の環境レベルから高線量の場合まで測定ができるように設計されています。同じ場所で24時間連続して計測しますので、その場所の放射線量の変化を見るのに一番適している測定器です。
サーベイメータは、手に持ってさまざまな場所の測定が可能です。とても便利ですが、検出する部分が小さいので、自然放射線のように放射線レベルが低い場所での測定は誤差が大きくなってしまいます。
そのため、値のバラつきが大きくなるというようなことがよく起こっているわけです。測定器の種類としては、感度が良く、0.1マイクロシーベルト/時間前後の比較的低い放射線量の測定ができるシンチレーション式サーベイメータが向いています。
測定器の数値の単位は、通常シーベルトで示されます。
またシーベルト/時間で表示されるものがありますが、これは単位時間当たりの放射線量を表しています。一時間その場所に立っていると被ばくすると予想される放射線量を示したものです。
── GM計数管式サーベイメータで空間の放射線量を測ることができるのでしょうか。
中村 GM計数管式サーベイメータは、ベータ線を測定するのに適しています。また、ガンマ線を測定できる測定器でもあります。そのため、空間線量の測定も可能です。
しかし、放射線の持っているエネルギーに対する測定器の応答や感度があまり良くないので、本来の数値より高く出ることがあります。とても低い線量の場合には、測定値に対する注意が必要になります。
また、GM計数管式サーベイメータは、構造上、ガンマ線に比べてベータ線に対する感度がはるかに高いので、空間線量を測定する場合には、ベータ線が入らないような工夫をしなければなりません。
食品に含まれる放射能の測定法とは
── 食品に含まれる放射能を個人で調べたいと思っている方が多いようですが、難しいでしょうか。
中村 食品などに含まれる放射性物質の量はとても微量なので、サーベイメータでの測定は困難です。規制値を下回っているかどうかを正確に確かめるためには、ゲルマニウム半導体検出器やシンチレーション式検出器などで測定します。これらの測定器はとても高価ですので、個人で調達をすることは難しいと思われます。
ゲルマニウム半導体検出器の解説
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── 例えば、今立っている場所の放射線量を測定しようとする場合はどのように測定したらよろしいでしょうか。
中村 放射線を測定するには、放射線の種類、そのエネルギー及びレベルに適した測定器を使用することが最も重要です。
空間線量を測定するためには、ガンマ線を測定できるサーベイメータを使用します。なかでも感度が良いシンチレーション式サーベイメータが適しています。
しかし、放射線のエネルギーの大きさに関係なく、ほぼ正確な数値を示す機能(エネルギー補償機能)がないものもあり、そのようなサーベイメータでは正しい結果を得ることができないことがあります。
測定器にはそれぞれ特性がありますので、使用に当たっては測定器のエネルギー範囲、時定数(応答時間)、方向依存度、エネルギー特性などを知っておく必要があります。まずはマニュアルを読んでいただくことが重要です。
また、測定器が正しく作動しているかどうか確認が必要になります。測定器のスイッチを入れたときに、電池残量、電圧が正しくかかっているか、指針の振れはいつもと変わらないかなど、チェックする必要があります。
シンチレーション式サーベイメータの操作方法
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GM計数管式サーベイメータの操作方法
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── 特定の場所を測る場合、例えば雨樋や側溝など比較的放射線量が高いと言われているような場所ではどのようにしたらよいのでしょうか。
中村 測定器の応答時間(時定数)を短くできる機能があれば、時定数を短くします。そして、ゆっくりと測定器を動かし、針が大きく振れる場所を探します。針が大きく振れる場所がありましたら、その場所で時定数の3倍以上の時間をかけて測定すると、よいと思います。
専門家のアドバイスを受けて測定を
── 個人で正確に測定をして判断するのは難しい、という印象がありますが……。
中村 何を測るかによって適切な測定器を選び、その特性をよく知って測ることが大切です。そこに気をつけていただきたいと思います。
また、測定した数値を問題とするならば、きちんと校正された測定器で測定する必要があり、その点が難しいのではないでしょうか。そのため専門家のアドバイスを受けて測定することが望ましいと思います。
(2011年12月22日)