コラム

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性差論争と放射線影響論争の共通点

宇野 賀津子 氏 《(公財)ルイ・パストゥール医学研究センター インターフェロン・生体防御研究室長》

(『原子力文化2015.3月号』掲載)

性差論争と放射線影響論争の共通点



福島第一原発事故後、私は友人物理学者の坂東昌子氏とともに低線量放射線検討会を立ち上げ、異分野の専門家の意見交流に努めました。この手法は、性差論争が華やかなりし頃、「性差の科学」研究会を立ち上げて議論した経験、さらに言えば、私自身「女性とは何か」という本の翻訳に関わったことに端を発しています。
男性と女性とのあいだに脳の性差は無く、子供は白紙の状態で生まれてくるという説が、1970年代後半、一世を風靡しました。これはフランスの思想家ボーボワールの「人は女に生まれるのではなく、女になるのだ」という言葉と合い呼応して、その後のフェミニズムに大きな影響を与えました。
ちょうどその頃心理学者のJ・マネーは、出生時のジェンダー・アイデンティティは未分化な状態で生まれてくると唱え、双子の男の子の片方の生後10か月でペニスを失った男の子を、女子として育て、うまく適応したと紹介しました。フェミニズムもまたボーボワールの説を証明するものとして、この症例を引用しました。
後にこの子は、自分は男であり男として生きると宣言、その後、彼はある女性と結婚します。1980年、英国BBCが「マネーの双子」症例への疑問を提起し、その後2004年に彼は自殺してしまいます。
J・マネーは、彼が男性として生きると宣言してからも、彼のその後について一切を語らず、多くの研究者がマネーの理論を信じ続けたという経緯があります。性差の科学の世界でも、長らくJ・マネーの理論が信じられ、性差があると言うものは反動的と言われたりもしました。
早くからマネーに異を唱えていた研究者もいたのですがあまり注目されず、ジョン・コラピントの邦訳本が『ブレンダと呼ばれた少年』(無名舎、2000)がでて少し知られるようになりました。その後2005年に扶桑社から復刊されたこの本は、ジェンダーバッシングに大きく利用されました。間違った理論による男女平等理論は、ジェンダーバッシングの反動の嵐の中でもろくもこわれてしましました。科学的事実から離れて、イデオロギーによって科学がゆがめられてしまう、不幸の代表的例とも言えます。
今は、性差を認めた上で、男女平等のあり方を見直す必要に迫られていると考えます。私自身は、一世を風靡した説であっても、自身のこれまでの知識と会わない時には、じっくりと多面的に検証することが重要であると、この事例を通じて学びました。
今回の原子力事故、低線量放射線の影響について、乱れ飛んだ科学的根拠の乏しい学説との共通点を感じないではおられません。

(『原子力文化2015.3月号』掲載)

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